国内スタートアップM&Aの学び方と事例集
上場企業のIR・プレスリリースなど公開情報だけで学べる、国内スタートアップM&Aの実例・一次資料・書籍を整理したノートである。
公開されているM&A事例
以下はすべて公開情報(IR資料・プレスリリース・報道)に基づく。
| 買い手 | 対象企業 | 発表年 | スキーム | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| Appier | AdCreative.ai | 2024年 | 株式取得(一部アーンアウト含む) | AIクリエイティブ生成SaaSの買収。海外スタートアップが対象のクロスボーダー(国境をまたぐ)案件。プレスリリースでアーンアウト構造に言及。 |
| PKSHA Technology | 複数のAI/SaaS企業 | 2019年〜 | 株式取得・子会社化 | 対話AIとアルゴリズム領域で買収を連続実施。各社のIR・有価証券報告書で開示。 |
| Geniee | 複数のマーケティング/SaaS企業 | 2020年〜 | 株式取得・TOB | 連続M&Aによりアドテックからマーケティング SaaSへピボット。上場企業として詳細開示。 |
| SHIFT | 複数のQA/DX企業 | 2016年〜 | 株式取得 | 徹底したPMI(買収後統合)のもと小規模M&Aを高頻度で実施し、品質管理事業を拡大。取得価額は有価証券報告書で詳細開示。 |
クロスボーダーM&Aとは国境をまたぐ買収を指し、為替・法域・会計基準の違いが交渉を複雑にする。TOB(株式公開買付)とは、不特定多数の株主から市場外で株式を買い集める手続きである。
アーンアウトが使われる場面
Appier × AdCreative.aiのように、テックスタートアップの買収でアーンアウトが使われる典型的な理由は3つある。買い手がSaaSの将来成長を確信できない場合に「達成したら払う」形で妥協点を作れること、創業者を一定期間リテイン(引き留め)するインセンティブとして機能すること、そして買い手の初期支払いリスクを抑えられることである。
アーンアウトの詳細な設計については「SaaSバリュエーション」ノートを参照。
一次資料(無料・公開)
中小企業庁(METI傘下)の「中小M&Aガイドライン」(2020年策定・2023年改訂)は、仲介・FA報酬の水準、各プロセスでの留意点、買収後の紛争事例を整理している。中小企業庁のウェブサイトからPDFで入手でき、FAの選び方や費用感の目安として有用である。
他の公開資料としては、上場企業の有価証券報告書・適時開示があり、取得価額・のれん(超過収益力の資産計上額)・アーンアウト条件が開示される。加えて、日本公認会計士協会や経営法友会が公開するLOI・SPA(株式譲渡契約)の雛形も参考になる。
入門教材(書籍・ブログ)
書籍
- 磯崎哲也『起業のファイナンス』(日本実業出版社) —— エクイティファイナンス(=株式発行による資金調達)の入門書。バリュエーションとタームシート(投資条件を記した書面)の読み方を平易に解説する。M&A交渉前に押さえておくべき基礎知識である。
- 磯崎哲也『起業のエクイティファイナンス』(ダイヤモンド社) —— 実務に踏み込んだ続編。VC(ベンチャーキャピタル)との交渉、ダウンラウンド(前回より低い評価額での資金調達)、M&A時の希薄化計算などを扱う。
タームシートとは、投資や買収の要点をまとめた法的拘束力の弱い条件書であり、法的効力の弱い段階で条件に合意し、その後詳細な契約書へ落とし込まれる。
ブログ・公開コンテンツ
- ALL STAR SaaS Fundのブログは、国内SaaSのメトリクスのベンチマークと、同ファンドの投資視点・SaaS評価アプローチを無料で公開している。
- UB Venturesのブログは、B2B SaaSに特化したVCの知見を発信しており、ARR成長率やNRRの目安など定量的な記事が多い。
いずれのブログも、最新のSaaSマルチプルの感覚をつかむのに役立つ。
学習の進め方
- 磯崎氏の著書2冊でバリュエーションと株式希薄化の基礎を固める。
- 実際のM&A事例1〜2件のIR・有価証券報告書を読み、のれん額とアーンアウト条件を確認する。
- 中小M&Aガイドラインでプロセス全体と費用感をつかむ。
- LOI・SPAの雛形を読み、「M&A契約実務」ノートの条項の書き方と照合する。
出典・参考
- SaaSバリュエーション —— 関連ノート
- M&Aプロセスの全体像 —— 関連ノート
- スキームと税務 —— 関連ノート