M&A契約の実務 — 表明保証・補償条項・競業避止
本ノートは、SPA(株式譲渡契約書)の中でも交渉コストが最も高い条項群を整理する。
表明保証(Representations & Warranties)
表明保証とは、売主が「会社の状態に関する一定の事実が真実である」と宣言し、その陳述が虚偽または不正確であった場合に補償義務を負う条項である。
典型的な対象は次のとおりである。
- 財務諸表の正確性
- 重大な紛争・訴訟が存在しないこと
- 知的財産の有効な所有
- 労務・税務コンプライアンス
- 主要顧客契約の有効性
補足:表明(representation)は現在の事実の陳述であり、保証(warranty)は将来にわたる約束である。日本の実務では両者を一体として扱い、「表明保証」と呼ぶ。
補償条項(Indemnification)
表明保証への違反や売主に起因する損失が生じた場合に、買主が売主に補償(代金の返還や損害賠償)を請求できる条項である。主な交渉ポイントは次のとおりである。
| 論点 | 売主に有利 | 買主に有利 |
|---|---|---|
| バスケット | 小額の請求を除外する高い閾値を設定する | 閾値を低く設定する |
| キャップ | 補償上限を取引価額の10〜20%に制限する | 取引価額以上を要求する |
| サバイバル期間 | 1〜2年で失効させる | 税務・IPについて3〜5年以上を求める |
補足:バスケット(basket)とは、一定額以下の損失については請求しないとする最低閾値である。一定額を超えた分のみ補償義務が生じる形(控除型 = deductible)と、超えた場合に全額を請求できる形(第1ドル型 = first-dollar)がある。
R&W保険(表明保証保険)
近年、大型のM&A案件ではR&W保険(表明保証保険)の利用が増えている。買主が保険会社へ直接請求できる仕組みであり、売主は補償上限を低く抑えられ、買主はリスクを保険でカバーできる。
競業避止義務
売主(創業者等)が売却後、同種事業で競合することを禁じる条項である。
- 典型的な期間:売却後2〜3年
- 地理的・業種的スコープを契約上に明示的に定める
- 過度な競業避止は競争法・労働法上のリスクを招くため、合理的な範囲にとどめる必要がある
キーパーソン条項
売主側の主要人材(創業者、CTO等)に一定期間の在籍を義務づける条項である。買主は事業継続と知識移転の観点からこれを要求する。離職時のペナルティや、買主が正当理由で解雇する場合の取り扱いも定める。
株主間契約 — ドラッグ・アロングとタグ・アロング
株主間契約(SHA)とは、複数の株主間で株式の取り扱いルールを定める契約である。
- ドラッグ・アロング(強制売却権)とは、多数株主が会社の売却を決定した際、少数株主に同一条件での売却を強制できる権利である。多数株主が少数株主を「引きずる(drag)」ことで、買主による100%取得を可能にする。
- タグ・アロング(同時売却権)とは、大株主が株式を売却する際、少数株主が同一条件で売却に参加できる権利である。少数株主の保護として機能する。
補足:ドラッグとタグは方向が逆である。ドラッグは多数株主から少数株主へ行使される権利であり、タグは少数株主が多数株主に追随する権利である。
出典・参考
- M&Aプロセス全体像 — 関連ノート
- スキームと税務 — 関連ノート
- IP・法務デューデリジェンスの準備 — 関連ノート