SaaSメトリクス — M&A買収調査で必ず聞かれる数字
M&AのDD(デューデリジェンス=買い手が買収前に行う精査)では、SaaS固有の指標を月次で即答できるかが問われる。答えられないと「経営が不十分」として値引き交渉の材料にされる。
DD(デューデリジェンス)とは「相当な注意を払って行う調査」を意味し、買い手が財務・法務・事業・技術の各面を精査する過程を指す。
基礎指標
ARR / MRR
- MRR(月次経常収益) —— 月ごとに確定する契約売上の合計。
- ARR(年間経常収益) —— ARR = MRR × 12 が簡易式。
注:単発のオンボーディング費用やコンサルティング収益はARR/MRRに含めない。継続契約分のみを数える。
NRR(ネット収益維持率)
NRR = (期首ARR + アップセル − ダウングレード − 解約) ÷ 期首ARR × 100
100%超は既存顧客だけで成長していることを示し、120%超は「優秀」とされバリュエーションに直結する(詳細は「SaaSバリュエーション」ノートを参照)。
グロスチャーン / ネットチャーン
- グロスチャーン —— 解約によって失われたARRの割合。喪失分のみを数える。
- ネットチャーン —— アップセルとダウングレードを含めた純減率。NRRの裏返しにあたる。
健全性の目安は、SMB(中小規模事業)で年率10%以下、エンタープライズで5%以下。
顧客獲得コストと回収期間
CAC(顧客獲得コスト)
CAC = 一定期間の営業・マーケティング費用 ÷ 同期間の新規顧客獲得数。
CACは1顧客を獲得するのにかかった費用で、広告費・人件費・イベント費用をすべて含めて算出する。
LTV(顧客生涯価値)
LTV = ARPU ÷ グロスチャーン率。
LTVは1顧客が解約するまでに生み出す収益の推定合計であり、ARPU(顧客一人当たり平均収益)はその平均値を指す。
CACペイバック期間
CACペイバック = CAC ÷(ARPU × 粗利率)。
12ヶ月以内が理想で、24ヶ月を超えると資本効率が低いと判断されることが多い。
成長の健全性を確認する指標
Rule of 40
ARR成長率(%) + FCFマージン(%) ≥ 40。
FCFマージンはフリーキャッシュフロー(=営業活動で得た現金から投資を差し引いた残り)÷売上高。Rule of 40は成長と利益のトレードオフを織り込んだ複合スコアである。成長率50%でもFCFマージンが−15%なら合計35となり基準に届かない。買い手は40超を「健全」とみなす。
T2D3
シリーズBからの理想的な成長軌跡はTriple/Triple/Double/Double/Double、すなわちARR成長が3倍→3倍→2倍→2倍→2倍で推移することを指す。
T2D3はベンチャーキャピタルが思い描く「理想の成長曲線」であり、達成できる企業は少ない。重要なのは、T2D3から外れた場合にその理由を説明できることである。
月次ダッシュボードで記録し続ける理由
DDでは過去24〜36ヶ月の月次トレンドが要求されることが多い。事後に再構築しようとすると、解約済み顧客のデータや旧契約金額はすでに失われていることが多い。月次で正確に記録し続けることが、M&A準備における最大の実務課題である。
出典・参考
- SaaSバリュエーション —— 関連ノート
- M&Aプロセスの全体像 —— 関連ノート